オピニオン Opinion

修士、専門職学位、博士課程学位記授与式 告辞

壇上で告辞を贈る寳金清博総長

 本日、修士、専門職、そして博士の学位を授与された皆さん、おめでとうございます。北海道大学を代表して、心よりお祝い申し上げます。

 また、これまで皆さんを物心両面から支え、励ましてこられたご家族や関係者の皆様に対しましても、心よりお礼とお祝いを申し上げます。

 本日、学位を授与された修士課程1,573名、専門職学位課程70名、博士課程315名の皆さんは、それぞれの専門分野において、深い研鑽を積み、高い専門を修め、優れた研究成果を挙げられました。

 また、本日、学位を授与された皆さんのうち、修士課程では241名、専門職学位課程では9名、博士課程では97名が留学生です。

 慣れない外国で、英語の授業と日本語による生活という困難を乗り越えて、学業を成し遂げられたことは高く評価されるべきものであり、深く、敬意を表します。

 私は皆さんに学位記をお渡しする教員の代表です。本来は、その教員の一人として、皆さんに、講義を行いたいと思っていました。

 そこで、本日は、一教員として、最初で最後の短い講義となりますが、3つのメッセージをお伝えします。

 最初のメッセージはお詫びです。4年前、あるいは6年前の皆さんの入学時、私たちが約束した修学環境を、このコロナ禍で、提供することができませんでした。本当に不運なことに、皆さんの在学期間のほとんどがCOVID19によるパンデミックの期間と重なってしまいました。結果として世界中の大学と同様ですが、大学院における教育?研究においても、大きな困難が生じました。

 対面によるコミュニケーションの減少が、研究に影響を与えたのではないかと危惧する意見が存在します。

 しかし、別の視点も考えるべきだと思います。私の専門は、医学?生物学の領域です。人間も含め、生物は、過酷な条件のもとに置かれた時に、それに順応する遺伝子を発現し、生存を図ります。皆さんも、このコロナ禍の中で、デジタル化された学びやオンラインによる遠隔地との瞬時の接続などに対する順応力など、平穏な時代には得られなかった力強い能力を獲得したと思います。それは、The Great Resetと言われる次の時代を生き抜く重要なcompetenceになると思います。

 2番目のメッセージは、皆さんには「学び」を続けてほしいということです。私は現在68歳です。私に残されている学びの時間は、どう考えても、皆さんよりは短いものです。それでも、私はまだまだ学び続けようと思っています。毎日、1時間程度、自分のための勉強を続けています。

 修了生の皆さんの今後には、二つの人生の選択が待っていると思います。一つは、世界?社会を変える人生、もう一つは、変わってゆく世界に翻弄される人生です。

 この二つの人生の差が、どこから生まれるのか明らかです。世界を少しでも良い方向に変える人は、常に学び続け、チャレンジし続ける人です。逆に、大学を卒業した瞬間に能動的な学びを忘れ、チャレンジを放棄した人は、世界の変化に翻弄され続けることになります。

 そして、重要なことは、この学びとチャレンジのために私たちに与えられた時間が、驚くほど短いことです。もう少し正確に言えば、私たちの寿命は、生物学的に言えば、決して短くはないと思います。しかし、何事かを成し遂げようと思えば、それは、決して十分な長さではないと言うべきかもしれません。

 よく知られていますが、葛飾北斎が、あの驚くべき富嶽三十六景の神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)を描いたのは、彼が70歳前後の頃と言われています。そして、彼は享年90歳でこの世を去りますが、死の床で、「自分にもう5年の寿命があれば、真の絵師になれたのに」というような悔恨の言葉を残しています。

 朱子は「少年老い易く学なり難し」と述べたと言われています。また、孔子は「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」という言葉を残しています。あるいは、Steve Jobsが言った「Stay hungry, stay foolish」。解釈は様々ありますが、これらは、全て、学びに対して飽くなきspiritを持ち、チャレンジを極めた先人たちがそれぞれの体験を自分の言葉で言い換えたものだと思っています。

卒業証書を授与する寳金清博総長

 今日の私の講義の3番目、最後のテーマは、北海道大学の初代教頭である、William S. Clark先生の人生です。2番目のメッセージで、私達は、常に学び続け、チャレンジし続けるものであるべきとお話しました。その意味で、私たちの最大のロールモデルは、間違いなく、クラーク先生です。開学から150年になろうとする今でも、北海道大学における最高の教員は、クラーク先生をおいて他にはいないと思います。

 クラーク先生は、今から約150年前に、アメリカ東海岸、ボストンに近い、マサチューセッツ農科大学の学長という高い地位にいました。彼は、それ以前にアマースト大学の教授であった頃、北軍に従軍し、南北戦争に参戦しています。そして、1876年、彼は、明治政府の依頼を引き受け、大陸を横断し、命がけで太平洋を越え、東京で英語を学んだ学生13名と共に、荒涼たる札幌にやってきます。当時の人口は正確には分かりませんが僅か二千人程度であったと推定されます。クラーク先生のこの選択は、どう考えても、凡人の想像を超える挑戦であったと思います。

 札幌農学校の礎を築くというミッションを成し遂げると、彼は、「Boys, be ambitious, like this old man!」という、実にシンプルで、心に突き刺さるメッセージを残して、札幌を去ります。その後、帰国したクラーク先生は、事業を起こしますが、不運も重なり、不遇のうちに、59才で、生涯を終えたとされています。

 これらの事実は、彼の人生が、生涯を通じて、チャレンジそのものであったことを意味します。クラーク先生の生涯は、学術や教育に留まらず、今の言葉で言えば、アントレプレナーシップ、スタートアップを通して、世界?社会を変えようとし続けた、果敢であり、彼自身の言葉通りambitionに満ちた人生でした。

 皆さん、今日の学位授与式の終了後、是非、もう一度、中央ローンにある日本で最も良く知られている胸像であるクラーク像に立ち寄ってください。そして、彼の挑戦に満ちたambitiousな人生へ思いを巡らせてみてください。

 私の短い講義を聞いていただき、ありがとうございます。最後に、私たちが生きるこの時代は、戦争があり、感染症があり、気候変動が私たちの地球そのものを脅かす多難な時代です。しかし、皆さんは、私たちの最高のロールモデルであるクラーク先生の「Be ambitious」の精神を胸に、学びを続け、挑戦を続け、勇気をもって、これから始まる新しい人生を堂々と歩んでください。

 修了生の皆さんのご健康とご活躍を心から祈念して、私の結びの言葉といたします。



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