【動画公開】知のフィールド #6 北海道大学 和歌山研究林「緑かがやく未知の森」

北方生物圏フィールド科学センター 教授 中村誠宏

<写真>和歌山県東牟婁郡古座川町にある北海道大学和歌山研究林(ドローン撮影:GEOGRAMS 伊藤広大)

映像シリーズ「知のフィールド」の第6弾、「緑かがやく未知の森」では、北海道大学の研究林のなかで唯一本州にある「和歌山研究林」を紹介します。

南北に長い日本列島の北端に位置する北海道。植生も北海道と本州では大きく異なります。1925年、北海道大学でも本州の森林や林業を実践的に学べるようにと、和歌山研究林(当時は和歌山地方演習林)が設立されました。ちょうど100年ほど前のことです。大学が全国の知事会に土地提供を呼びかけたところ、和歌山県が名乗りを上げ、東牟婁郡古座川町(ひがしむろぐんこざがわちょう)の427ヘクタールを買い上げることになったのです。

「1900年代は、国内で建築用木材の需要が急増し、本州の各地でスギやヒノキの植林が盛んに行われました。北海道大学の学生もスギやヒノキなど、温帯の人工林の特性や利用について学ぶ必要があったのです」と和歌山研究林長で北方生物圏フィールド科学センター 教授の中村誠宏さんは話します。

研究林の特徴を説明をする中村誠宏研究林長(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)研究林の特徴を説明をする中村誠宏研究林長(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)

当時は、教育や研究の目的だけでなく、財産林としての機能も果たしていました。1970年代までは、和歌山研究林で育てた材木や木炭を売り、大学の重要な資金源となっていました。「地元の方々を雇い、植林や森林の管理をしていた時期が長くあります」と中村さん。地元の方々にとっても重要な財産であったことが窺えます。北海道大学は道内にも6つの広大な研究林を有しており、それらの多くも同様に財産林として活用されていたといいます。

和歌山研究林の特徴は紀州特有の温暖多雨な気候と急峻な地形。急傾斜地が70%を占める山全体を効率よく管理するために、総延長3,225メートルに及ぶ4本のモノレールが敷かれ、人や資材の移動に活用されています。一見ジェットコースターのように見えるこのモノレールは、実際にはゆっくりと、しかし着実に急な斜面を登っていきます。

急斜面を登るモノレール(ドローン撮影:GEOGRAMS  伊藤広大)急斜面を登るモノレール(ドローン撮影:GEOGRAMS 伊藤広大)

和歌山研究林は大きく保存林と人工林に分かれています。保存林では人の手を極力加えず、天然コウヤマキなどの希少種の保存が行われています。「1925年に森を購入して以来、原則手を付けていませんので、自然林における植生の遷移などを見ることができます」と中村さん。

一方、人工林ではスギやヒノキの針葉樹林を様々な強度で間伐し、広葉樹との混合林に戻す研究が行われています。本州で増え過ぎた人工のスギ?ヒノキ林は、花粉の飛散や生物多様性、環境変化への耐性などの面で問題があるといいます。この研究を行なっている環境科学院の大学院生、井口光さんは、「針葉樹林を混合林に戻す大規模な研究は意外にもあまり行われていません。私たちは地元の方々にも協力してもらい、5m、10m、20mの幅で帯状に間伐した区画を4ヶ所つくり、経過を観察しました」と研究の意義を語ります。「この実験の結果、間伐の幅が広すぎると、表土の乾燥や雨水による土砂移動などの弊害がありました。ただ、森の時間スケールは人間よりもはるかに壮大です。短期的な結果を見て答えを出すのではなく、継続的に調査を行い、数十年もしくは数百年などの長期スケールで影響を評価することが重要です。」

同じく環境科学院の大学院生である髙木惇司さんは、鹿などの動物が増えるなか、それらの死骸が土壌微生物や昆虫に与える影響を研究しています。「動物の死骸が分解することによって土壌微生物の生物多様性に寄与していることがわかっています。特に人工林では、動物の死骸があると土壌微生物が自然林と同じレベルまで一気に多様になることがわかってきました」と説明します。

環境科学院修士課程の髙木惇司さん(左)と井口光さん(右)。(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)環境科学院修士課程の髙木惇司さん(左)と井口光さん(右)。(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)

他にも和歌山研究林では、地球温暖化が土壌や木に与える影響を調べる研究や、樹木の遺伝的多様性と食害抵抗性の関係など、興味深い多くの研究が行われています。加えて、林学系の学生を対象にした教育実習や、ワークショップ、子供や一般向けの体験学習会など、様々な教育活動が行われています。

標本室を案内する和歌山研究林の伊藤欣也技術班長(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)標本室を案内する和歌山研究林の伊藤欣也技術班長(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)

和歌山研究林のもう一つの大きな特徴はその庁舎です。1927年に竣工した2階建ての洋館で、小さな集落でひときわ目立つ存在です。講義室、標本室、宿泊施設などを備え、国内外の研究者や、北海道大学や地元の大学生など、年間1,500?2,000人ほどの利用があるといいます。その長い歴史と保存状態の良さから2013年に国の登録有形文化財に指定されました。施設の維持や食事の提供等は地元の方々のサポートによって行われており、だからこそ研究者は教育や研究に注力することができます。

古座川町平井地区に佇む研究林庁舎(中央の白い洋館)(ドローン撮影:GEOGRAMS 伊藤広大)古座川町平井地区に佇む研究林庁舎(中央の白い洋館)(ドローン撮影:GEOGRAMS 伊藤広大)

中村さんは、「これからも地域に貢献し、地域に支えられる研究林でありたいと思っています。100年の歴史を次世代に引き継ぎ、和歌山研究林から日本の森林が抱える問題の解決や温暖化への対応などに貢献していきたいと思います」と目標を語りました。

研究林の将来を語る中村林長(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)研究林の将来を語る中村林長(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)

(国際連携機構/広報?社会連携室 南波直樹)

知のフィールド #6 北海道大学 和歌山研究林「緑かがやく未知の森」

出演:
中村 誠宏(北方生物圏フィールド科学センター 教授) 
伊藤 欣也(北方生物圏フィールド科学センター 技術専門職員)
髙木 惇司、井口 光(環境科学院 修士課程 )

ナレーション:
菊池優(創成研究機構 研究広報担当)

テロップデザイン:
岡田 善敬(札幌大同印刷)

撮影:
伊藤 広大(GEOGRAMS)
林 忠一(北方生物圏フィールド科学センター 企画調整室)
川本 真奈美(創成研究機構)、Aprilia Agatha Gunawan(広報課 学術国際広報担当)
長澤 愛美(農学院 修了生)

企画?制作:
広報課 学術国際広報担当
南波 直樹(取材:国際連携機構/広報?社会連携室)
早岡 英介(撮影?編集:CoSTEP 客員教授/羽衣国際大学 教授)

「知のフィールド」シリーズとは
北海道大学の研究?教育施設は、札幌?函館キャンパスをはじめ、道内各地と和歌山にまで広がっています。研究林や牧場、臨海実験所などの総面積は約7万haで、一大学の保有する施設としては世界最大級の規模です。「知のフィールド」シリーズは、こうした北海道大学の広大な研究?教育フィールドにスポットを当て、そこで育まれる最先端の知に迫ります。