不凍タンパク質の実用化を目指す、北大と産総研の連携

生命科学院 客員教授 近藤 英昌

<写真>生命科学院 客員教授?産業技術総合研究所 主任研究員 近藤 英昌さん(撮影:広報?社会連携本部 Aprilia Agatha Gunawan)

近藤英昌さんは、北海道大学の大学院理学研究科生物科学専攻(現在の生命科学院生命融合科学コース)で構造生物学を学び、立体構造解析に興味を持ったことからタンパク質の分子進化や機能付加などの研究に取り組んできました。博士号を取得して以来産総研に勤め、不凍タンパク質を研究テーマにしています。

産総研の中の連携大学院

産総研とは特定国立研究開発法人に指定されている、世界最高水準の研究開発の成果の創出、普及、活用の促進を期待されている研究機関です。多様な研究領域を持つ総合力を活かし、世界に先駆けて社会問題を解決することを目的に設立されました。産総研は全国に拠点を持っていて、北海道では豊平区に北海道センターがあり、その中に北海道大学大学院生命科学院の連携大学院が設置されています。北大との連携の意義は「人材育成」のためであると近藤さんは話します。「産総研では実社会での応用に近い研究をしていますので、学生は大学の研究室とは違った環境で研究手法を学ぶことができます。そのことは将来企業に就職した際も役立つでしょう」。

産業技術総合研究所 北海道センター バイオテクノロジー研究開発センター(札幌市豊平区)。札幌キャンパスから約10km、車で30分の距離産業技術総合研究所 北海道センター バイオテクノロジー研究開発センター(札幌市豊平区)。札幌キャンパスから約10km、車で30分の距離

不凍タンパク質とは

水温が氷点下を下回っても、南極海の魚は凍りません。その秘密は生物が持つ不凍タンパク質という物質にあります。不凍タンパク質とは、凍結寸前の水中に生成する無数の氷核に強く結合し、氷結晶の成長を抑制する機能を持つ生体物質です。不凍タンパク質がないと氷点下で結晶が成長して大きな氷が生じ、細胞の構造が破壊されて生理機能が失われてしまいます。不凍タンパク質には多様な種類が発見されていて、それぞれ氷結晶の抑制機能の強さなどが異なることがわかってきています。さらに、不凍タンパク質は不凍機能以外にも、細胞の表面に結合して細胞を守る機能も持っていますが、そのメカニズムなどの詳細はよくわかっていません。

左は氷結晶、右はⅠ型不凍タンパク質の構造模型 プロテインデータベースから3Dプリンターで印刷したもので、不凍タンパク質がどのような氷結晶面に結合できるか視覚的に理解できる(撮影:水産学部4年 立花陽菜)左は氷結晶、右はⅠ型不凍タンパク質の構造模型 プロテインデータベースから3Dプリンターで印刷したもので、不凍タンパク質がどのような氷結晶面に結合できるか視覚的に理解できる(撮影:水産学部4年 立花陽菜)

不凍タンパク質を社会に還元する

近藤さんの研究室では、構造解析によって不凍タンパク質の機能原理を明らかにするとともに、不凍タンパク質の機能を応用した技術を開発し、実用化することを目的としています。細胞が凍ると食品などの品質にも影響してしまいます。現在、瞬間凍結することで氷結晶の成長を抑える技術が用いられていますが、瞬間凍結のためにはより低温にする必要があり、より大きなエネルギーを必要とします。不凍タンパク質を用いることでエネルギー消費を抑えることも期待されています。これまで不凍タンパク質は極域に生息する魚類の血管から針で採取していたため、非常に希少なものでした。しかし、前任の津田栄さん(現東京大学新領域創成科学研究科所属、および北海道大学先端生命科学研究院客員教授)が、日本沿岸に生息する魚類の筋肉からも精製できると発見したことで、産業利用に向けた大量生産が可能となりました。

不凍タンパク質が結合して、成長が抑制されている氷核(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)不凍タンパク質が結合して、成長が抑制されている氷核(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

現在では昆虫や菌類などの生物にも含まれていることが分かっており、近藤さんは様々な生物に由来する不凍タンパク質を研究しています。水中よりも冷える土壌に生息する昆虫由来の不凍タンパク質は不凍機能が強いことや、培養法が確立された菌類からは生産がしやすいなど、用途ごとに使い分けが考えられています。食べられる微生物から抽出することが現在の研究目標で、これが実現すれば安全性が高く食品に添加できる不凍タンパク質を生成できます。また、不凍タンパク質は、食品分野だけでなく、オフィスビルなどの冷蓄温技術や、医学分野での細胞保存液などにも活用が期待されています。

不凍タンパク質を産出する菌類の一つである、イシカリガマのホタケ(種複合体)。左は子実体、右の黒い粒子は菌核(提供:八戸工業大学 星野保さん)不凍タンパク質を産出する菌類の一つである、イシカリガマのホタケ(種複合体)。左は子実体、右の黒い粒子は菌核(提供:八戸工業大学 星野 保さん)

学生へのメッセージ

近藤さんは自身のモットーを「真理の追求」だと話します。不凍タンパク質には似たような機能を持っていても、立体構造は異なることが多々あります。その謎をできるだけ多く解明することが今後の研究生活の目標だとのことです。「他の研究でも同じかもしれませんが、誰も見たことのない立体構造を見つけることができたときや、新しい特徴を掴めたときが一番面白い」と話します。これから研究を始める学生には、広い視野を持って自分を表現できるようになることが大事だと語ります。「実験技術や目的はもちろんのこと、そこから派生する内容や夢を語れる人材になってほしい。科学を目指す者として成長するための手助けをしたい」。

(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

研究室の学生

近藤研究室では生命科学院のみならず、理学部の学生やドイツや中国などからの留学生など多様なバックグラウンドを持つ学生を受け入れています。「産総研は充実した設備を有していることや企業との共同研究が盛んであること、社会に還元される研究を行っていることが魅力です」と研究室の学生は話します。大学とは異なる落ち着いた環境で、社会に還元できる研究に興味を持たれた方は、産総研の連携大学院という選択はいかがでしょうか。

左から理学部4年の五島さん、生命科学院修士2年の飯田さん、近藤さん、研究生のBrussさん (撮影:Aprilia Agatha Gunawan)左から理学部2年の五島さん、生命科学院修士2年の飯田さん、近藤さん、研究生のBrussさん(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

【文:北海道大学 広報課 広報特派員(インターンシップ)水産学部4年 立花 陽菜】

英語版はこちら
English version is here.
Practical applications of antifreeze proteins